新「山と狐の日常」

突然の来訪

 本日はサロマ湖へドライブ。両親が遠軽まで遊びにきてくれたので、たまには親孝行する。道の駅スタンプラリーを集めているらしいので、道中の道の駅をあちこち案内した。スタンプ集めの何が楽しいのか理解できないが、まぁ山登りも同じようなものなのかも。家族で山に登るのは僕だけで、父も母もアウトドアスポーツの趣味が無い。普段山ばかり登っている僕のことを、奇行種か何かだと思っているかもしれない。そういえば祖父は山登りが趣味だったな。僕のヤマノボラー魂は祖父譲りなのだろう。

 

 遠軽に戻り、丸瀬布の藤園を案内する。一年に一度だけのライトアップされた藤は綺麗だったが、蚊がうざい。花札の藤は4月の札だけど、北海道だと6月が見頃です。

ソバ「奏」;セトセ「巡礼」;シバ「桜」

 昨日の精神的疲労が抜けず、今日はのんびりさせてもらう。午前中に動画の編集を済ませ、遠軽の街を散策。

 

 つい最近開店した蕎麦屋「奏(かなで)」へ。店内は超満員だった。特に用事もないので、スマホをいじりながら待つ。無料wi-fiがありがたい。

 

 「冷やしかしわ(大盛り)」。しっかりとした噛みごたえの甘辛地鶏と、ひんやり素朴な味わいの手延べ蕎麦。美味しゅうござました。基本ランチタイムしか営業していないが、不定期・要予約でディナーの営業もしている。日本酒と蕎麦のセットが人気らしいので、また機会があれば。

 

 午後、涼しくなってから遠軽町の霊山「瀬戸瀬薬師山」へ向かう。それでも暑い。この山は明治の開拓期に亡くなった囚人を「山神」として祀っているそうです(遠軽町役場HP)。登山道の随所にお地蔵様。八十八ヶ所巡りらしい。夕陽も刺して独特な雰囲気だった。

 

 山頂まで15分程度。登山者は少なく、倒木や落ち葉が多くてトレーニングには向かない。でも遠軽の街がよく見えて良い。地元の学生がトレーニングで登ってくれれば、綺麗になるんだろうが。遠軽高校野球部、どうでしょうか。

 

 山頂にもお地蔵様。

 

 ついでに瞰望岩へ。本日は満月。月が赤い。

 

 この一週間限定で、シバザクラがライトアップされている。綺麗。

 

 近づくと、いい匂いがした。マットを持ってきて昼寝したら最高だろうなぁ。遠軽にお越しの際は、是非お立ち寄りくだされ。

チューリップ温泉LOVE

 遠軽町の最寄りで、隣町の温泉「チューリップの湯」。それでも片道20分かかる。えりもの時も片道25分かけてアポイ山荘に通っていたけど、ヤマノボラーとして自宅の近くに温泉がないのは辛い。部のOBも言っていたけど、もし永住する街を選ぶなら「温泉があるかないか」は非常に重要なポイントになる。僕は間違いなく、温泉のある街を選ぶ。

 

 昨晩考え事をしていたら眠れなくなってしまったので、本日は完全休養とした。この温泉は泉質爽やかで、木の香りがするサウナと露天水風呂が最高。さらに道の駅として運営されているのでWi-Fi使い放題。これで500円なので文句なしの最高の温泉なのだが、唯一の欠点が山への通岳路にないこと。なんてこった。でも素晴らしい温泉なので、本当に天気が悪くてやることがない時は車で20分かけてチューリップの湯に通うことにしよう。溜まった日記を書き殴ったら、悩み事もどうでもよくなって身体が軽くなった気がする。地元のちびっ子たちが、本当に元気よく休憩室を走り回る。いいことだ。

支笏湖氷濤まつり

 今日は恵庭岳の予定で入山口まで車を走らせたが、爆風が聞こえてやばそうなのでおとなしくやめることにした。山に登らない私を嘲笑うようにエゾシカファミリーが前を通過していった。

 

 こんな日はおとなしく観光でもしましょう。支笏湖の氷濤まつりが絶賛開催中。苔の洞門はハイマツのカヲリ。

 

 1日休んで元気いっぱい。明日は頑張ろうと思ったが、紋別岳に登ればパウダースキーが楽しめたらしい。山選びは難しいっす。

旧恵迪寮 -開拓の村

 ゴールデンカムイのモデルになった建物を見に行こうと開拓の村へやってきた。だが「北海道大学の旧恵迪寮」が展示されている事は知らずビックリした。

 

 入り口。実際の旧恵迪寮よりも小降りに再現されているらしい。現在の恵迪寮は鉄筋コンクリート造りだが、旧恵迪寮は立派な木造。外観は渋くてカッコ良い。中に入ると底冷えする寒さだったけど。中では恵迪寮の学生生活と寮歌について展示があった。

 

 明治38年(1905)に建築された旧恵迪寮舎は、昭和6(1931)年北17条に移築され、昭和58(1983)年、78年もの歴史を閉じた。そして前述のように、北大、北海道庁の理解と支援によって、旧寮舎の一部の北海道開拓の村への解体・復元が決った。復元工事は、翌59年夏に始まり、その年の暮れに完了、旧寮舎の玄関と新寮、南寮の一部が、明治の創建時の姿によみがえった。昭和60年6月、百余名のOBが全国から集まり、「都ぞ弥生」を歌ってその完成を祝った。復元された寮舎の中では、北海道開拓記念館のスタッフによる寮の歴史展示が行われ、さらに、恵迪寮同窓会の企画による恵迪の自治と寮生活を再現する展示も行われた。80有余年の青春譜がここによみがえったのであった。

 

-引用;恵迪寮同窓会HP

 

 寮生の部屋には必ずスキー板が置いてあった。登山靴を直接アタッチする初期型のスキー板である。当然だけど、ストックは竹製。北海道のスキーの歴史はここから始まったのだと思うと感慨深い。

 

 北大恵迪寮には「ストーム」と呼ばれる風習がある。現代版では数十人の学生が輪になり赤フン姿でぶつかり合うというものだが、当時のストームはスキー板で床を叩くという風習だったらしい。このストームが原因かどうか定かでは無いが、旧恵迪寮の床が抜け落ちたことが建替の理由だと説明されていた。学生の頃に知っていれば、オリジナルストームをやってみたかった。今でもやっているんだろうか。でも「コンクリ vs. スキー板」だとスキーが負けるからやめておこう。

パタゴニア